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裏急後重

先日の記事でお伝えしていた通り、「裏急後重」の出題に関して、管見を述べさせていただきます。

「続きを読む」をクリックしてご覧ください。



まず端的に言えば、今回の「裏急後重」の出題には複数の観点から見て問題があったと考えています。
具体的には次の3つの点です。

①四字熟語問題としての妥当性
②検定の妥当性に対する影響
③受検者への影響


以下で、順に述べていきたいと思います。



①四字熟語問題としての妥当性

まずは、単独の四字熟語問題として妥当であったかどうかという点に関してです。

この点に関して最も議論になっているのは「裏急後重」が果たして四字熟語なのかということだと思います。
漢検HPの審査基準にある「典拠のある四字熟語」という記述から論点を絞るなら、「裏急後重」が「典拠のある四字熟語」と言えるかどうかとなりますね。

ただ、私はこの点は正直そこまで本質的な部分ではないと思っています。
言葉の定義に関する議論は、どこまで言ってもその人の考えに依るところが大きいからです。
要するに、議論をあまり深めることができないまま、結局は「四字熟語と思う人もいれば、思わない人もいる」という結論なってしまうのではないかということです。
(従って、「四字熟語」の定義や「典拠」云々といった話は本筋とは異なるため、記事の最後に触れることにします。)

私が寧ろ問題にしたいのは、漢検学習者が「裏急後重」を出題前に四字熟語と捉えるチャンスがあったのかどうか、という点です。
「裏急後重」に四字熟語と言えるだけの根拠が仮にあったとしても、それが出題後に調べてみて初めて分かるというのでは、宛ら"後出しジャンケン"ですから、受検者にとっては根拠がないのと全く変わりがないのではないでしょうか。

「裏急後重」にどのような形で出会うとしても、深く知ろうと思った場合、大抵はまず辞典の内容を確認するものだと思います。
そこで実際に引いてみると、四字熟語辞典には掲載が無く、国語辞典には特に出典も無く、辞典によっては「医学の言葉」「漢方の用語」とカテゴリ分けされている、というのが実態で、これを見て「裏急後重」を「典拠のある四字熟語」と認識する人がどの程度いるでしょうか。

また、Google検索にかけても、出てくるのは医療・漢方関連のぺージばかりで、更に踏み込んで「裏急後重 語源」「裏急後重 典拠」と調べてみても、大した情報は得られません。
この状況でどのようにして、「裏急後重」が漢検出題基準にある「典拠のある四字熟語」であると認識することができるのでしょうか。

そもそも「四字熟語」という曖昧な概念を用いて出題範囲を伝えているわけですから、出題側と解答側の双方の認識している範囲が食い違わないようにするためには、双方の努力が必要なはずです。
解答側の努力だけを求めて、一方的に出題側の認識を押し付けるような出題は、問題があると言えるのではないでしょうか。

②検定の妥当性に対する影響

続いて、この問題を出すことによって、検定の妥当性にどう影響を与えるかという点についてです。
ここでの「検定の妥当性」とは、簡単に言えば「測りたい能力をきちんと測れているか」ということです。

「測りたい能力」は勿論、漢検の場合は「漢字に関する能力」ということになりますが、その具体的な内容はここでは重要なポイントとは思っていません。
今回重要だと考えたのは、「過去の問題と同じ能力を測れているか」と「受検者の実力に応じて適切に点差がついているか」の2点です。

前者に関しては、これまで散々出題傾向が変わってきたので今更という感じもしますが(苦笑)、本来出題傾向を変化させるのは、過去に能力があると認められた人が認められなくなる可能性があるため、妥当性を失わせることになります。
今回も突然、広く対策しているリピーターですら驚くようなものが出てきたわけですから、傾向が大きく変わったと考えられ、検定の妥当性には多少なりとも影響はあるはずです。

後者に関しては、知識量や対策量の多寡により、しっかりと点差が付くのが理想的な出題であるはずだということです。
実力があろうと無かろうと点数が同じでは、何を測っているのか分かりませんからね。

そういう意味では、殆どの人が正解できない問題は点差が付かないため、妥当性は低いと言わざるを得ません。
今回の問題に関しても、(私の知る限り正解者は見当たらなかったので、)正解率は1%を下回るのではないでしょうか…?
これでは最初から198点満点の試験を出しているようなものです。

特に、(四)問1の出題は「裏急後重」以外は1級配当の基本的な問題でした。
従って、今回の(四)問1の点数は、24~28点のあたりの範囲に、比較的多くの人が集中することが予想されます。
超難問を1問入れた分、他を簡単にしたということなのかもしれませんが、結果的には点差が付きにくい出題となってしまったことで、四字熟語の能力を十分に測れていないように思います。

以上の2点から、「裏急後重」は検定の妥当性を下げる問題であったと私は考えています。

③受検者への影響

こちらは試験や検定そのものとは関係がありませんが、ある意味で最も真剣に考えなければいけない問題かもしれません。

これまでも難問や(悪問とまでは言わないものの)あまり良くない問題に、受検者が振り回されることが多くありました。
一つの突飛な問題があるだけでも、対策をする側は影響を受けてしまい、対策が迷走してしまうことも少なからずあるのです。

今回の試験で言えば、「裏急後重」が出来なくとも合格することは出来ますが、この問題が出たことによって、今後「もしかしたらこれも出題されるかもしれない」と思う言葉の範囲が広がってしまったとしたら、学習に何も影響が無いとは言い切れません。
ついつい手を広げすぎてしまうという学習者の心理を考えれば、今回の合否には影響が無いとしても、今後の試験の合否には影響するかもしれないということです。

また、突然これまでにない傾向の問題が出れば、これまでの対策が報われなかったと感じる方も出てくると思います。
上で見たように、四字熟語の対策を強化してもしなくても同じような点数になってしまうのだとしたら、学習者のモチベーションにも影響してしまいますよね。

「漢検生涯学習ネットワーク」というものがあるように、漢検は漢字の生涯学習を奨める立場でもあります。
また、漢字に興味を持った人に対して、実際に学習するきっかけを与えるという役割も果たしているはずです。

「漢字の学習者を増やす」という点に関して、漢検以上に役割を果たしている存在は無いと思います。
結果的に漢検とは異なる学習に向かうとしても、その導入として漢検を受けてみる方もいらっしゃるでしょう。
このことこそが漢検の一番の存在価値だと私は思っているので、その漢検が学習のモチベーションを下げるようなことはして欲しくないというのが私の願いです。



以上の3点が、私の考える今回の出題の問題点です。
出題が妥当だと考える材料が全く無かったわけではありませんが、問題点の方が多いと感じたため、今回は妥当ではないと思う根拠のみを述べることにしました。
恐らく、反対の意見を持っている方や、私の意見に対して反論が思いついた方もいらっしゃるのではないかと思いますが、決してそれらを完全に否定するつもりはありません。

ただ、今回の出題に怒っている人がいるのは、何も自身の不満をぶつけたいというだけではなく、苦しんでいる他の学習者の気持ちを慮って声を上げているという側面もあるのではないかと思っています。
そういった方にとっては、問題が妥当か妥当でないかということよりも、受検者に寄り添った出題をして欲しいという気持ちの方が大きいのではないでしょうか。
どのような意見があっても良いですし、活発な議論があることも良いとは思いますが、裏側にはそういった「思い」もあるのだということだけは無視しないでいただきたいと、私は思っています。



では、最後に「裏急後重」の典拠などについて、調べたことを中心に書いておきます。

まず中国語版のWikipediaによると、この言葉の由来は古代中国の医学書「難経」とのことです。
https://zh.wikipedia.org/wiki/%E9%87%8C%E6%80%A5%E5%90%8E%E9%87%8D

そして、「難経」の実際の文章はこちらです。

難経・泄傷寒(五十七難)
https://ctext.org/nan-jing/xie-shang-han/zh (1の最後あたり)

日本語訳・解説のあるサイト(2つ)
http://yukkurido.jp/keiro/nankei/57nan/
http://1gen.jp/1GEN/NAN/N57.HTM

ちなみに、同じ段落の最初の方に単独の「後重」がありますが、単独の「裏急」も使われています。

奇経八脈(二十九難)
https://ctext.org/nan-jing/qi-jing-ba-mai/zh (3の半ばあたり)
http://yukkurido.jp/keiro/nankei/29nan/
http://1gen.jp/1GEN/NAN/N29.HTM

以上のことから、典拠があるといえばあることになりますが、どこかに載っていれば即四字熟語になるのであれば、四字熟語だらけになってしまいますから、範囲を絞る条件を他に考える必要がありそうですね。

個人的にこれが四字熟語だと考えにくい理由は…

・単に二つの症状を並べているだけで、そこから意味が発展していない
・医学に関連しない使用例が殆ど見つけられない(あっても説明的な内容)

の2点が揃っていることでしょうか。
他の説明なども考え合わせると、どうしても「医学用語」の域を出ていないように感じてしまいますね…。

ちなみに、「二つの症状を並べているだけ」というのは、次のような使用例があることからも感じます。
(文の解釈が間違っていたらすみません。)

裏急後不重
(「験方新編」より。これはスッキリ出たということですかね…?^^;)

他の四字熟語と考え合わせることで、また違った考えが生まれてくるかもしれませんね。

皆さんはどのように感じられたでしょうか…?
考える上での参考になれば幸いです。



(余談)
今日一日、軽い「裏急後重」状態で調子が悪いのですが、色々と調べたことで自己暗示にかかってしまったのでしょうか…?(苦笑)
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