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大道廃れて仁義あり

二週間ごとに書いている個人的な計画の記事です。

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◇作業中

・「常用大見出し語表からの問題」シリーズ
・「身近な準1級の言葉」シリーズ
・「故事熟語対策問題」シリーズ

◇計画中

・ランダム管理
・広辞苑の1級熟語チェック


長期予報によると今年の夏も暑いようですね…。
今の暑さですら体力気力を削がれているので、無理の無いペースで進めていきたいと思います。
皆さんも体調には十分お気を付けください🙏



(余談)
差別、いじめ、ハラスメント等、残念ながら世の中には人を傷つけたり追い詰めたりする様々な問題があります。
このような問題の厄介な点は、加害者がはっきり悪いと言える状況でなかったり、あるいは、加害者側に都合の悪い情報が隠されていたりすることもあるため、「どこまでが差別でなくてどこからが差別なのか」「どのような行為がいじめに該当するか」「どのような対応であれば許されるのか」などといった線引きの問題が常に付きまとうところだと思います。

実際、あるコミュニティーでトラブルが起きた時には、このような線引きでもめることがしばしばあり、時には裁判沙汰になることもあります。
大きくニュースとして報じられたものに関しては、一般の人も被害者側に立って攻撃したり、逆に加害者の味方になって擁護したり、大きな議論を巻き起こすことがありますね。
加害者側と被害者側で行為の受け取り方が大きく異なることも多いので、そのせいで余計に拗れている状況も頻繁に見受けられます。

自身がいつ被害者や加害者になってもおかしくないので、このような問題は他人事ではありません。
そうでなくとも、しっかりと関心を持ち、何が問題で何が問題でないかを自分なりに考えることは大事なことだと思います。

しかしながらその一方で、このような議論を見ていると、どうも表面的に是非善悪を論じているだけのような印象も受けてしまいます。

例えば、ハラスメントの基準に当てはまらない範囲なら何をしてもいいというわけではありませんし、差別に当たらない場合でも人の心が大きく傷ついていることは十分にありえることです。
そのため良し悪しの線引きだけでは根本的には解決しないことも多いと考えられますが、そういった議論に終始するだけで、根本的な部分に考えが行き届いていないとしたら、とても残念なことだと思います。

このようなことを考えていて、「大道廃れて仁義あり」という言葉がふと頭に浮かびました。
(デジタル大辞泉を引用すると、「人の道理が自然に行われていた昔は、仁義という人為的な道徳は必要なかった。世の道理が失われたから、仁義をことさらに唱える必要が生じたのである。」という意味です。)
原典で主張されている意味とは合わないかもしれませんが、より本質的なモラルなどが語られることなく、短期的な言動の良し悪しばかりが論じられている状況が少し似ていると感じたからだと思います。

この言葉を反芻していると、「大道」という言葉の重みを感じます。
そして、様々な考え方があるので、考えを押しつけるようなことはあまり言いたくありませんが、少なくとも思いやりを持つことや、時間をかけて信頼関係を構築することの大切さが見直されて欲しいと切に願います。
同時に、自分自身もそういった価値を大切にしていかなければと改めて考えさせられました。

この記事を書いている間にも、パワハラによる過労自殺に関するニュースを目にしました。
やはり「会社に問題があったかなかったか」という部分が主に注目されていましたが、ただですら悲しい状況にある遺族の方がそういったことに振り回されてしまうことを考えると心が痛みますね…。
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