漢検1級模擬試験倉庫

実部と虚部

二週間ごとに書いている個人的な計画の記事です。

その前に少しお知らせです。

公開しているPDF数が多くなってきたので、全体をリスト化した記事を作成しました。→リンク

同種のPDFを纏めて表記したのですが、見にくくなってしまったかもしれません💦
(記事を見やすく書く才能が全くありませんね(苦笑))

気になるものがあれば、検索フォームを使って公開記事を探していただければと思います。
もし見つからなければ、遠慮なくコメントしてください。(匿名、非公開でもOKです。)

それでは計画記事です。
興味のある方のみコチラ↓



◇作業中

・R1-1直前模試
・PDFチェック

◇計画中

・ランダム管理


今季分の問題作りも、残すところ直前模試の数十問だけになりました。
終わりが見えてきてホッとしています。

暫く四字熟語の復習をしていないので、最近少し自信がなくなってきています💦
問題を作り終えたら、とりあえずある程度は復習したいと思っています。



(余談)
今回は数学のお話…ではないのでご安心ください(笑)
(タイトルでそう思われた方もいらっしゃるかと思いまして…^^;)

先日、本棚にある一冊の本が目に留まり、手に取ってみました。
その本のタイトルは「バカの壁」・・・約15年前に流行語にもなったほどの大ベストセラーですね。
(と言っても、若い方はご存じないでしょうけど(笑))

内容は著者である養老先生のご意見やお考えなので、なるほどと思うこともあれば、腑に落ちないこともありましたが、書かれている内容を元に様々なことを考えられたので、楽しんで読むことができました。
全体的に難しい内容でしたが、過去に読んだ時よりは理解できた…はずです(笑)

話は変わって、この本の最後の方に「実の経済」と「虚の経済」という言葉が登場しました。
物凄く簡単に言えば、「兌換」か「不換」かの違いで、「実体のある物を根拠として価値の交換が行われる経済」か「価値の概念だけが移動する経済」かということだと思います。
(理解が間違っていたらすみません💦)

このテーマで考えているうちに、「『実』と『虚』を分ける」という考え方が面白いと感じました。
元の話とはやや離れるのですが、様々なものごとに対して、「実部」=「人や物が直接関わりあう部分」と、「虚部」=「実体の無い概念のみが変化したり移動したりする部分」に分けて考えると、違った見方ができることに気が付いたのです。

具体的に言えば、最近時代が「平成」から「令和」に変わりましたが、物理的に人や物が変化した「実部」はどの部分で、概念だけが変化した「虚部」はどの部分か?といった感じです。

特に発見があったのが、社会の問題について考えた時です。
根深い問題ほど複雑に絡み合っていて考えにくいものが多いですが、分けてみることで少し整理して考えることができました。
また、問題が起こっている原因として、「虚部」の価値が高まりすぎている例が多いように感じて、私としては大きな発見でした。
「虚部」に価値を見出すことはある程度は必要なことですが、「実部」に対して「虚部」が極端に重要視されるのは問題があるように感じます。
(大抵の問題が様々な意見のあることなので、具体例を出すのは避けておきます🙏💦)

ここまで来ると、やはり漢字や言葉に関しても、同じように考えてみたくなりませんか?(笑)

漢字や言葉は「実部」はどこかと考えたとき、より実体があるものを考えると、それは「文字」や「声」などに当たるのではないかと思います。
(言葉に絞って言えば、「手話」や「点字」なども含まれますね。)
更に、「文字」は人の手で書かれ目で認識されるもの、「声」は人の口から発せられ耳で認識されるもの、と考えれば、「五感を通じて人と関わる部分」ということになります。
また、「文字」や「声」の届く"範囲"を考えれば、我々との時間的または空間的な「距離」も関係する要素と言えます。
ここでも「実部」を重要視すべきだと考えると、言葉を学ぶときには「人との関わり」や「距離」という点を無視することはできない、というのが私の結論です。

話は変わりますが、私は以前から、漢検さんが重要視しているのは、比較的身近なところで使用されているかどうかという点だと感じてきました。
実際、漢検1級の出題範囲は下級ほどではないものの身近な範囲で見られる漢字が多く、出題内容も(分野にも依りますが、)近現代に日本で使用されている言葉を書かせることが多いからです。

「身近なところで使用されている」というのは、すなわち、「身近なところで人と関わりがある」ということであり、やや強引かもしれませんが、上で述べた「実部」の話とも繫がるのではないかと今回考えました。

難易度の調整や、出題のしやすさなど、様々な点を考慮することで変(?)な問題はある程度出るかもしれませんが、漢検の出題内容は決して恣意的に選ばれたものではなく、より本質的な部分を考え見極めた上で決められているものなのではないかと改めて思いました。
検定としての妥当性を考えたときに、これはとても重要な点だと思っています。
(勿論、私も全ての出題内容に納得している訳ではありませんし、難易度が大きく変動することによって、妥当性が大きく失われているのは言うまでもありません(笑))

今回も長々と書いてしまいました💦

答えがはっきりしないことでも、とりあえずあれやこれやと考えてみることはとても楽しいです。
考え続けているうちに、また新たな考えや、時には真逆の考えが浮かぶこともあるので、1年後にこの記事を見たら「バカなことを書いているな」と思うかもしれませんが(笑)、様々な方の意見などを参考にしながら、今後も多くのことを考えてみたいと思っています。
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