漢検1級模擬試験倉庫

文章題書き取り問題その11

文章題書き取り問題(選択形式)です。

語群(1~5):[おうかしっこくひょういつようかいらいどう]

◇らいてうさま、
 時折来訪される人で、あなたをよく知らないで嫌いだといって、あなたの事といえばよく聞きもしないで悪くキメつけるお爺さんが御座います、紅蓮洞という人です。…(中略)…けれどわたくしはその人がひそかにあなたには敬意をもっていることを知っています。奇人にはちがいありませんが、洒脱、(1.)なところのない今様仙人、讃美する的が外れて、妙に反(そ)ぐれてしまったのだと思います。そのくせその人が好意を示しているもので、あんまり感心した女はないのです。そして好意を持ちながら侮蔑しきっているのです。
 それとは事かわりますが、世の中には、誉めたいのだが、他人があんまり感心するから嫌だといったふうな旋毛曲がりがかなりにあります。口に新時代の女性を(2.)しながら、趣味としては、義太夫節などにある、身を売って夫を養う妻を理想として矛盾を感じない男もあります。
 近代生活思潮に刺戟をうけながらも、その不安をごまかして、与えられる物質だけに満足して、倦(ものう)い日々をおくるのを、高等な生活のように思いこんだ婦人たちは、あなたが新しい女と目されて、社会の耳目を欹たせたおりに――無気力無抵抗につくりあげられた因習の殻を切り裂いて、多くの女性を(3.)の檻から引き出そうとしたけなげなあなたを、男が悪口する以上な憎悪の目をもって眺めさげすみました。知識階級にある男たちまでが好い気になってあなたの恋愛――他人に何らの(4.)をも許されないことにまで立ち入って、はずかしげもなくあげつらい得々としていました。しかしそれは日本人の癖で、ちょっと他の者が答えかねる事を――賤しさを、口にするのが、妙な風に感心させようとする手段で、他をはずかしめると共に自らを低くする事に平気なのです。無神経なのです。それをまた得々として(5.)するものが多いのは情けないことです。
(長谷川時雨「平塚明子(らいてう)」より)

<ヒントの表示(1~5)>

語群(6~10):[せいゆうそくしゅうちょうびはいぜんらんらん]

◇おそろしく口の達者な四十男が、畳を剝いで、床板だけ敷き直した十畳敷ほどの道場に二人を通しました。
 娘の淋しく美しいに似ず、これはまたなんという馬鹿馬鹿しい忍術の先生でしょう。背は低い方、肉付きも極度に節約して骨と皮ばかり、顔は皺だらけのくせに、眼と口だけが人並以上で、わけても(6.)たる眼には、人を茶にしたような、虚無的な光さえ宿っているのです。
「有難うござります、なにぶん宜しくお願い申します」
 平次は用意の(7.)を二人分、お盆を借りて差し出し、その日は四方八方(よもやま)の話だけで帰りました。戸口を出るともう、
「親分、変な野郎じゃありませんか」
 ガラッ八の八五郎には、腑に落ちない事だらけです。
(野村胡堂「銭形平次捕物控」より)

◇伊予第一の長流肱川は丁度香魚狩り時季であった。坂石というあたりまで自動車を駆って、そこから舟を下ろす。大洲まで約七八里。
 両岸重畳の山々高からねど、翠微水にひたって、風爽やかにたもとを払う。奇岩怪石の眼を驚かすものなけれど、深潭清澄の水胸腔に透徹す。男性的雄偉は欠くも、女性的和暢の感だ。ところどころ早瀬に立つ友釣りの翁から、獲物の香魚をせしめて、船頭の削った青い竹ぐしで焼きあげる。浅酌低唱的半日の(8.)だった。
 一人の漁夫に喚びかけて、香魚の釣れ高をきくと、それが大洲署長さんであったなどのカリカチユヤもあった。一日吹き通した南風が舟を捨てる間際、(9.)たる驟雨になった。(10.)の爽快さも忘れられない光景であった。
(河東碧梧桐「南予枇杷行」より)

<ヒントの表示(6~10)>



<解答の表示>


関連記事

コメント

いきたいな~

こんにちは

「南予枇杷行」抜粋、気持ちよく読ませていただきました。
碧水会のメンバーは旅行好きが多いですね~
僕はなかなか遠くまで行く機会が無いです。

「翠微水」という言葉が気に入りました。

昨日は採点ありがとうございました。
ご指摘いただいた点はしっかり覚えておきたいと思います。
基本がさつなので、ちょいちょい過程が抜けてしまいますね(汗)

ありがとうございました。

  • 2019/06/04(火) 10:05:03 |
  • URL |
  • rikuroku #-
  • [ 編集 ]

南予枇杷行

rikurokuさん、コメントありがとうございます。

碧水会には旅行好きの方が多いんですね。
漢検全体ではそこまで目立っている印象はありませんが、遠出を厭わない方が会に積極的に参加しているというのもあるかもしれませんね。

「南予枇杷行」は、確かに旅の雰囲気が出ていて、良い気持ちになれる文章ですね。
「翠微水にひたって」の部分は、「翠微、水にひたって」と読んでいましたが、一纏まりで解釈すべき部分だったでしょうか…?

数学の証明は、大まかな流れを理解されているので、大きな問題は無いと思います。
証明の途中が抜けてもそこまで問題は無いと思いますが、新たな記号や式が出てくるときには、説明が無いと伝わりにくいので注意が必要ですね。
料理番組で、途中で物を差し替えることはあっても、新たな材料を加える部分はしっかりと放送するのと同じです(笑)

またお気軽にご相談いただければと思います。
こちらこそありがとうございました。

  • 2019/06/04(火) 10:42:29 |
  • URL |
  • spaceplusKK #hHfHWlpo
  • [ 編集 ]

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

FC2Ad