漢検1級模擬試験倉庫

言を視ること将棋に如かず

二週間ごとに書いている個人的な計画の記事です。

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作業は一段落して、予定通りに進みそうです。
こういう時に時間を無駄にしてしまいがちなので、気を引き締めて出来ることは早めにやっておこうと思います。



(余談)
私の周りではあまり見かけないのですが、人のしていることに対して安易に「~は意味が無い」と発言する人が、世の中には意外といるみたいですね。
決して発言している人を悪く言いたくはありませんが、人の努力を否定し、傷つけてしまうものだと思うので、とても悲しい発言だと思います。
漢検に関して、そのように言われたことがある方も多いのかもしれませんね…。

「意味が無い」発言の他にも、「~に賛成/反対する理由がない」とか「(自分の行動は)誰にも迷惑を掛けていない」といった発言もネットではよく目にします。

言い方は悪いですが、これらの発言には共通して一種の「視野の狭さ」を感じます。
状況にも依るので一概には言えませんが、大抵の場合、自分の考えの及ばないところに「意味がある」「理由がある」「迷惑をかけている」という可能性を考えず、「世界の全ての現象が自身の思考の範囲内にある」かのような発言で、どうしても傲慢に聞こえてしまいます。

繰り返しになりますが、こういった発言をする人を非難したいわけではありません。
例えば、感情的になると、殆どの人が多かれ少なかれ「視野の狭い」発言をしてしまうものだと思うので、個別の件では発言者が良くないと言えても、一般的に誰かを悪者にすることは出来ないと思います。
私も、「駟も舌に及ばず」の教え通り、発言には気を付けないといけないと思っています。

…ということを考えていて、ふと気づいたことがあります。
こういった傲慢な態度とは対極にあると感じる人たちの存在です。

その一例として挙げたいのが「将棋の棋士」です。

私は時間があれば将棋を見るのですが、対局後の棋士の感想や、対局時の棋士の解説にはある種の謙虚さを感じます。
断定的な表現をなるべく避けたり、分からないことに対してはハッキリ「分からない」と言ったりする一方で、理解しようとする努力を惜しまない態度には見習うべきものが多くあると思っています。

このような態度が得られるのは、どんなに優れた棋士であっても全ての手を読める訳では無いので、「自分の考えの及ばない部分がある」と自然に認識するようになるのが理由ではないかと思います。
また、自分勝手に「この手は良い手だ」といくら思っていたところで、実際には悪い手であれば負けてしまうので、傲慢になっていては強くなれないのでしょう。

逆に、「自分の考えの及ばない部分がある」と思っていれば、もっと深く知りたいという気持ちが芽生えて、成長の原動力にもなりそうです。
その点を考えて話を戻すと、自分勝手に決めつけてしまう発言は結局、自身の成長を止めてしまっているのかもしれませんね…。

念のために付け加えておきますが、決して「意見を決めることが良くない」などと言いたい訳ではありません。
これだと、棋士の例で言えば、何の手も指さずに時間切れで負けてしまいます(笑)
分からないなりに考えた上で決断を下すことが大事だと思うので、例えば「よく分からないから選挙に行かない」などというのは、あまり良い態度だとは思いません。

…といった感じで考えを纏めてみたところ、将棋に対する興味が更に深まりました^^
囲碁に関しても同じなんでしょうけど…こちらはルールすら理解できていません💦💦
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